どことなくなんとなく

研究の息抜きに綴る適当な文章

文化的価値

考古学の分野はあんまり詳しくないので、全然間違っていることを書いたらごめんなさい。

新発見の土偶とか、良く分からないものが発見された時に、専門家の人は色々考えるわけじゃないですか。

「これは一体何に使っていたのだろう?」と。

まじないの道具じゃないだろうか、とか、何かのシンボルなのではないだろうか、とか。

その物体が存在している以上、何らかの意味があることは確かであろうと考えるからです。

例えば、今この瞬間に、突然文明が滅びたとします。

そして何千年後か、何万年後かに発掘されたとします。

発掘される場所はどこでも良いんですが、例えば秋葉原が発掘されたことにします。

情報媒体の耐久年数を考えた場合、DVDやCDよりも紙、紙よりも石版の方が後世まで残りやすいと言えると思います。

また、プラスチックは基本的に分解されないため、ほぼそのままの形で残るのではないかと考えられます。

すると発掘されるのは、大量のフィギュアや漫画本の断片になるのではないかと思うんです。

2000年代初頭の日本、秋葉原界隈における文化についての情報が全くなければ、これらの出土品の解釈に、未来の考古学者たちは頭を抱える気がします。

古文書(漫画)には何かの物語が綴られているようである。

登場人物が特殊能力を用いていることを考えると、これは神々の戦いを描いた物ではないだろうか。

一方、この人形。よく見ると古文書に描かれている人物と共通点がある。

これは神話の神の姿を象った物であり、崇拝の対象だったのではないだろうか。

女性の形を取ったものが多いのは、出産により人間を生み出すことの出来る女性を神聖視しているためではないだろうか。

こんな風に解釈することも可能だと思うんです。

全く情報がなければ。

翻って、現在発掘されている遺跡や遺物の数々。

もしかしたら、古代人のコレクターの人のコレクションなのかもしれません。

「この土偶の、この曲線がたまらないんだよなあ」

「いやいや、こっちのくびれがいいんだよ」

土偶を挟んで、こんな会話が為されていたとしたら、凄く面白い。

現在は博物館に展示されている重要文化財でも、古代人の世界では萌え産業の製品に過ぎなかったのかもしれないと考えると、人間進歩してないな、と思いました。