どことなくなんとなく

研究の息抜きに綴る適当な文章

見識

見識は、多いに越したことがないと思います。
知見と、知識とを基に判断する能力のことを「見識」というのならば、バックグラウンドとしての知見・知識も多いに越したことはないはずです。
「見識のある人」というのは、知識、知見に加えてそれに立脚した正確な判断が出来る人のことなので。
とても難しいことです。

自分の知っている世界が、自分で思っているよりもずっと狭かったと気付くことは、大きな衝撃です。
「よく知っている」「そこそこ知っている」と自覚していたような世界のことなら尚のこと。
自分の知っていた世界が「狭い」ということに気付いてしまうと、その「狭い」世界の中でしか判断して来なかった見識が、途端に嘘くさいものになってしまいます。
見識そのものが根本から覆されることもあるかもしれません。
井の中の蛙」が「目からウロコ」ということですね。
両生類からウロコだなんて、進化なんだか退化なんだか分からないあたりも、見識です。

昨日、卒業論文発表会とその打ち上げの飲み会がありました。
最近飲んでばっかりです。
そこで色んな人と色んな話をしたわけですけど、知っていると思っていたことでも案外知らないものだなあ、と関心してました。
もともとあんまり興味のない話題だったのですが、まさかこんなに複雑怪奇な事情があったなんて、思いもよりませんでした。
くっついたのはなれたの、ドロドロの愛憎劇が繰り広げられていたなんて!

おかげで私の見識もだいぶ広がりました。
広げて良かったものなのかは、永遠の謎です。