どことなくなんとなく

研究の息抜きに綴る適当な文章

親の経験は子に伝わるかも

久しぶりの更新だしいっちょ気合を入れようかと思い、この記事に対して解説みたいなことをしてみようと思ったのですが、元になった論文を誤解のないようにまとめようとすると長大になってしまいそうな気配を感じたので、ガツンと諦めました。
なのでざっくりと。

恐怖の記憶、精子で子孫に「継承」 米研究チーム発表
http://www.asahi.com/articles/TKY201312040021.html

 もとになった論文はこれです。
Parental olfactory experience influences behavior and neural structure in subsequent generations
http://www.nature.com/neuro/journal/vaop/ncurrent/full/nn.3594.html

これはとても示唆に富む論文で、もし結果が真実であれば、今後の生物学研究の方向性をある程度決めうる内容を含んでいるのではないかと思います。

 マウスに対して匂いを嗅がせながら電気ショックを繰り返し与えると、匂いを嗅いだ時点で電気ショックがなくても恐怖のすくみ反応を示すようになります。(恐怖条件付け)
今回の研究では、この匂いによるすくみ反応が、実際に電気ショックを受けた親マウスだけではなく、電気ショックを受けたことのない仔マウス、孫マウスにも引き継がれていることを見出しました。
これが真実であるならば、生まれた後に獲得した形質は(基本的には)子に引き継がれないというこれまでの考え方を覆すものですから、非常にインパクトがあります。
例えば、後天的に筋トレをしてマッチョになった人の子どもが、生まれた時からマッチョではないですよね。
そして、インパクトがあるだけに、論文の筆者らはとても内容に気を使って文章を記載している印象を受けました。
実験計画も、各所からの細かいツッコミを一つ一つ潰すような、かなり気を使ったものになっています(それでもいくつかの実験については最適な方法ではないように見えましたが)。

重要なのは、この研究では二種類の匂い(アセトフェノンとプロパノール)について検討していて、どちらの匂いを電気刺激と関連付けても、関連付けられた匂いによるすくみ反応が子世代のマウスで引き起こされたのに対し、関連付けられていない匂い(アセトフェノンと電気刺激を関連付けた場合ではプロパノール、プロパノールと関連付けた時は逆)ではすくみ反応が見られません。
孫世代のマウスでも同様の結果でした。 

加えて、脳の構造についても検証しています。
また、ここからの実験はアセトフェノンと電気刺激を関連付けたものを中心に行ってます。
アセトフェノンの匂いを嗅がせながら電気刺激を繰り返して条件付けを行うと、アセトフェノンの匂いを受け取る匂い受容体を発現する嗅覚神経細胞の数が増えることは、この論文の筆者らが以前に発見していました。
この神経の変化が仔マウスにも引き継がれていました。
孫世代のマウスにも引き継がれていました。 

興味深いことに、これらの結果は雄マウスに対して匂いを嗅がせながら電気刺激を与え、その後何も刺激を与えていない匂いも嗅がせていない雌マウスと交配させ、その仔や孫を使った結果だったのですが、逆に雌マウスに匂いを嗅がせながら電気刺激を与えた後に、何も刺激を与えていない匂いも嗅がせていない雄マウスと交配させた結果生まれてきたマウスでも、匂いを嗅がせたときにすくみ反応を起こすという結果が得られたことです。
つまり、父親からでも、母親からでも、「匂いによるすくみ反応」が引き継がれることを見出しました。
神経の変化も同様でした。

では、どのように親から仔へ、後から獲得した「匂いによるすくみ反応」が引き継がれるかを考えるために、筆者らは「DNAのメチル化」に目をつけました。
DNAはメチル化などの様々な修飾を受けていて、これが遺伝子機能の発現に関わることが知られています。(エピジェネティクスと言って、最近流行ってます) 

DNAは生命の設計図とよく言われますが、誤解を恐れずにイメージしやすいようにざっくりというと、沢山の料理が載ってるレシピ本みたいなものです。
レシピ本(DNA)にはたくさんの料理が載ってますが、カレー屋さんではカレーのページが、ラーメン屋さんではラーメンのページが開かれてます(mRNAの転写)。
そして、カレー屋さんではカレーのページをもとにカレーが作られて、ラーメン屋さんではラーメンのページをもとにラーメンが作られます(タンパク質の翻訳)。
レシピ本にはコツとか注意とかメモとかが付箋で沢山はられてます(エピジェネティック)。

アセトフェノンの匂いを嗅がせながら電気刺激を与えた雄マウスの精子の、アセトフェノンの匂いを受け取る匂い受容体の遺伝子の領域のメチル化が低下していることを、筆者らは見つけました。
そして、この変化は仔の精子でも同様に起きていたので、筆者らはこの精子のDNAのメチル化の変化が、仔が匂いによるすくみ反応の変化を起こすのに重要だろうと考えています。 

論文の内容は、こんな感じです。
精子のメチル化の変化がどのようなメカニズムで、子孫の神経の変化や行動の変化を引き起こしているかについては、まだ分かりません。
また、卵子でのメチル化は実験を行ってませんので不明ですが、母マウスに対する匂い条件付けも引き継がれることから、おそらく精子と同様の変化が起きているのではないかと思います。

メチル化は、いわばDNAに対するタグ付けですので、精子におけるメチル化の変化はもう一つ高次元な「メタタグ」の付与であるような印象を受けました。
検証はとっても大変そうですけど…。

ざっくりとまとめるつもりが結構長くなってしまいましたが、この論文の内容が真実であるならば、とても重要な事実を含んでいると思います。
久しぶりにブログを書いて、さらにすごーく久しぶりに科学の話題にしようと思うくらいには、私の中で興味深かったです。
あと、少なくても今回の研究では、新聞の記事のタイトルにあるような「恐怖の記憶」そのものが継承されているわけではないなあ、ともやっとしたので、簡単に書いてみようかなあと思った次第です。
記憶が継承されるという可能性そのものを否定するわけではもちろんありません。 

もし父や母、爺さんや婆さん、曾祖父さんや曾祖母さん、もっとずっと昔のご先祖様の経験した「何か」がDNAに乗って継承されているとしたら、と考えると何かロマンがありますね。
私が魚が苦手なのは、きっと江戸時代のご先祖様が魚を食べて食あたりになったせいなんだと思います。たぶん。