どことなくなんとなく

研究の息抜きに綴る適当な文章

一年の終わりに

今年も残すところ、あと数時間になりました。
振り返って色々考えると色々なことがありましたが、時間の密度の濃さに反比例してブログの密度が薄くなるような一年でした。
時間がなくなると、時間が無くなること以上に余裕がなくなることを実感しました。
後から考えると毎日は無理でも一週間に三回は文章を書けた気がするのです。
実際には一ヶ月に三回も怪しい有様でしたが。

何年もブログを書いていると、その時々に感じたことや考えたことが、断片の形で残っている、残されているので、それを手がかりに想起することが可能になります。
ちょうど日記のように。
しかし、残されたものが少ないと想起されることは減り、自分の一部は残されないままに静かに朽ちていくんだと思います。
今年に関してはそれでもいいかな、と思わなくもありません。

今日、明日が特別なのは、振り返ることも先を見ることも、不自然なく行えることです。
普段なら特に口に出すまでもなかったり口に出すことを躊躇うことを、口に出せるチャンスです。
特に日頃お世話になっている人に対するお礼などは、この機に一言言っておくと、心証が良くなって後から美味しい目にあえるかもしれません。
頭の中では「しめしめ」とか考えつつ、口の先では「ありがとう」
ちなみにこれから書くことは本心からなので、勘違いしないように留意してくださいね。
今年も本ブログをご愛顧頂いて本当にありがとうございます。

例え一年後に自分でこの文章を読んで何かを想起することがあるだろうか、と考えると恐らく何も思い出さないだろうなあ、何でしめしめとか書いたのかなあ、としか思えないようなグダグダな内容であっても、何かを残すことで残る何かがあるのではないかと思っています。
最近はブログよりもTwitterに書くことが増えましたが、Twitterは「残す」ということに決定的に不向きなメディアです。
ブログはブログで、大切にしたいです。
ちなみに、サイドバーのところにTwitterを表示させてますので、是非フォローをば。

一年の最後に残す心のエピタフがこんなんでいいのか、と自問自答しつつ、その答えを出すのは来年に先送りをして、今年を終わろうと思います。
是非とも来年もよろしくお願い致します。