どことなくなんとなく

研究の息抜きに綴る適当な文章

本質は同じなのかも

以前「美しさの本質」というエントリで、このように書きました。

つまり、「美しさ」というのは「矛盾無く整合性の取れている様子」を表す言葉なのではないでしょうか。

「見た目」に整合性が取れているもの、「論理性」に整合性が取れているもの、「生き様」に整合性が取れているものが、「美しい」のではないかと。

アーティストやクリエイターなどの「芸術家」と呼ばれる人達は、作品という形でその人達の「美」を具現化しています。

世界から、あるいは自分の内面から、彼らなりの「世界の解釈」を取り出しているのが「芸術家」なのではないでしょうか。

では、「研究者」はどうなんだろうと考えました。

研究者のやっていることと言うのは、(些か美化して言えば)データを積み重ねることにより、この世界から普遍の真理を紡ぎだすことです。

データと言う情報の断片に、論理性を与えることが仕事です。

やっていることと言うのは、意外と「芸術家」と変わらないのかもしれません。

その点では恐らく「哲学者」も同じです。

博士号(Ph.D.)はラテン語で「Philosophiae Doctor」、つまり「哲学博士」であることも、本質的には等価であるという概念があるからなのかもしれません。

しかし、「芸術家」にしても「研究者」にしても「哲学者」にしても、本当の意味で「世界から紡ぎだす」ことの出来る人は少数なんだと思います。

「0から1」をすることのできる彼らこそが真の意味での「Creator」であり、「1から100」へと広げることの出来る人達は「Developer」とでも呼ぶべき存在です。

どちらが優れているとかの問題ではなく、両方必要であるとは思いますが、「Developer」は本人の努力次第で何とかなれそうであるのに対し、「Creator」になるのは努力以外の何かが必要である気がします。

とりあえず間違いなく言えるのは、研究者の場合、データを「クリエイト」するのはマズいということです。

データから何かを「クリエイト」できれば最高なんですけど。