学習のペンギン・ハイウェイ
森見登美彦氏の著作の一つである「ペンギン・ハイウェイ」を読みました。
すごく面白かったです。
ペンギン・ハイウェイ (角川文庫) 森見 登美彦 KADOKAWA / 角川書店 2012-12-25 by G-Tools |
あらすじについては書きすぎるとネタバレになってしまいますので、著者ご本人のものを引用します。
『ペンギン・ハイウェイ』は、わかりやすくいえば、郊外住宅地を舞台にして未知との遭遇を描こうとした小説です。スタニスワフ・レム『ソラリス』がたいへん好きなので、あの小説が美しく構築していたように、人間が理解できる領域と、人間に理解できない領域の境界線を描いてみようと思いました。郊外に生きる少年が全力を尽くして世界の果てに到達しようとする物語です。自分が幼かった頃に考えていた根源的な疑問や、欲望や夢を一つ残らず詰め込みました。(森見登美彦)
森見登美彦さんがはてなを訪問!新作『ペンギン・ハイウェイ』の紹介も より引用。
この話は、冒険譚であり成長譚でありSFでありほのかな恋愛話でもあるので、どの切り口からも感想が書けてしまう感じなのですが、独特だと感じたのは「研究の指南書」としての側面も持っていることです。
主人公である小学4年生のアオヤマ君は、とても研究熱心・勉強熱心で、彼が日々疑問に思ったことをノートに書き留め、調査し、仮説を立て、そして実行していく様はまさに研究者のそれであり、彼は将来とても良い研究者になるだろうなあ、と期待せずにはいられませんでした。
特に冒頭からの引用で、
他人に負けるのは恥ずかしいことではないが、昨日の自分に負けるのは恥ずかしいことだ。一日一日、ぼくは世界について学んで、昨日の自分よりもえらくなる。たとえばぼくが大人になるまでは、まだ長い時間がかかる。今日計算してみたら、ぼくが二十歳になるまで、三千と八百八十八日かかることがわかった。そうするとぼくは三千と八百八十八日分えらくなるわけだ。
と言うのは、本当に本当に大切なことで、でも忘れがちなことで、自分自身の中に刻みつけておく必要性があると感じました。
彼が進めていた幾つもの研究は、物語の中で一つの大きな研究に収束するのですが、この本の中では解決には至りません。
この研究は彼の生涯に渡る研究テーマになるはずのものですので、そう簡単には解決しませんし、しかし彼なら必ず解決させるだろうと確信できる、そんな内容でした。
ヒントは沢山散りばめられていたように感じます。
友人のウチダ君の語る多世界解釈であったり、ブラックホール・ホワイトホールおよび多世界の暗喩としての「海」であったり、事象の地平線におけるホーキング放射を連想させる「ペンギン」の役割だったり。
彼は必ず「昨日の自分よりえらくなって」、彼の研究を完成させて、そして彼の願いを叶える日がくるのであろうなあ、だからこれは希望に満ちたエンディングなんだろうなあ、と読了した時に思いました。
ところで、「学習の高速道路」と言う考え方があります。
将棋の羽生善治氏が語った言葉で、「ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということです。
でも高速道路を走りぬけた先では大渋滞が起きています。」と言った内容です。
確かにITとネットの進歩によって、ある程度のレベルに至るまでは高速道路を通るように素早く、知識を得ることができて学習することが可能になったと思います。
そこから先、大渋滞を超えるためには最終的には各人の個性、指向、好みが重要になってくると思いますが、アオヤマ君には明確な目的があって、考える頭があって、調べる環境があって、彼しか持ち得ないデータがあるので、彼は高速道路を通り過ぎた後に独自の道無き「けもの道」を進んでいけるはずです。
彼の行く「ペンギン・ハイウェイ」の先が、朗々たる未来であることを願わずにはいられない、とてもとても面白い本でした。