ミノタウロスの迷宮
本当ならスルーした方が良いんでしょうけど、気になってしまったので。
このような記事がありました。
神への挑戦?英研究機関がDNA操作でヒトと牛のハイブリッド児の生成認可を政府に申請
一部引用です。
北東イングランド幹細胞研究所(North East England Stem Cell Institute)は6日、英国政府に対してDNA操作でヒトと牛の両方の遺伝的性質を持つ胚の生成を認めるように申請を行った。生物学や遺伝子工学の知識のない人がこの記事を読んだらどう思うんでしょうか。同研究所ではヒトのDNAを牛の卵子に組み込むことによってヒトと牛の両方の遺伝的性質を持つ胚を生成。この遺伝子操作によって作られた胚をパーキンソン病やアルツハイマー病の研究に利用したいとしている。
「神への冒涜」なのかもしれませんね。
この記事だけでは何とも言えませんが、ウシに遺伝子導入をするなら最も一般的なのはマイクロインジェクション法によるトランスジェニックだと思います。
もしくはウィルスベクターを使った遺伝子導入。
どちらも世界中の研究室で行なわれている一般的な手法です。
今更取り立てるほどのことではありません。
「ヒトの遺伝子」を持ったマウスやラットなどは、それこそ世界中に居ます。
私の研究室にも居ます。
逆に「ヒトの細胞」に「マウスの遺伝子」を導入するなんてことも日常的に行なわれています。
生物学の研究では当たり前の操作です。
そもそも「ハイブリッド」という言葉は適切ではありません。
ウシの遺伝子数万個に対して、導入されるヒトの遺伝子は恐らく多くて数種類だからです。
「遺伝子導入ウシ」くらいの表現が限界なのではないでしょうか。
ここで強調されているのは「ヒトの遺伝子」ということです。
まるで「ヒトになる遺伝子」があって、その遺伝子がヒトをヒト足らしめているかのような印象を受けました。
実際のところ「ヒトになる遺伝子」なんてものはありません。
ヒトの持ってる遺伝子はその殆どが他の生物も持っています。
ただし、種によってその構造や働きの強さ、働く場所、などは少しずつ異なります。
この「少しずつ異なること」の積み重ねが「種」の違いです。
今回の場合、遺伝子を取ってきたところが「ヒト」という種だっただけで、その遺伝子自体はただの機能を持ったモジュールです。
「人間が生物の遺伝子を弄るなんてとんでもない」という議論の余地なら残ってますけど、「ヒトの遺伝子」に対して倫理観を適用しようとするのはナンセンスです。
自動車から取ってきたネジを見て「これは車だからナンバープレートを付けないとならない」と言っているようなものです。
勿論、倫理的な面を軽視しているわけではありません。
「ヒトの胚」を使った研究は慎重になされるべきです。
これは育てれば「ヒト」になりうりますから。
再生医療の研究を難しくしている一つの要因です。
このような記事を見ると、どの程度の知識と調査を持って書いたのかを疑問に思うことが少なくありません。
個人のブログなどならまあ、構わないと思うのですが、一応ちゃんとした記事ならそれなりに書かないとマズいんじゃないでしょうか。
ちなみにこの記事は「個人のブログ」なので、間違ってても許して下さいね。
ツッコミは大歓迎です。